グリーンブックのスタディ4|ハリガネムシとアディクション
あっという間に5月ですね。私の住む街では、4月の終わり頃から5月の初め頃が桜の見頃で、先日のGW期間中に妻と二人でお花見に行きました。
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| だいぶ散ってたけど美しかった |
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| 桜の木にタンポポ咲いてて可愛かった |
皆さんはいかがお過ごしですか。
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さて、前回の続きです。
前回は、私たちの「行動化(アクティング・アウト)」が、感情や意識を変化させる「ハイ」を得るための行動であり、行動化は必ず否定的で苦痛な結果をもたらすことを学びました。
自分の感情や責任から逃れるために
『グリーンブック』は、セックスアディクションの特徴を次のように述べています。
We chose sex and romantic obsession over those things we cherished the most—including friends, family, and career. Sexual thoughts, romantic fantasies, and seductive planning filled our minds and distorted our thinking. Sex became our way to escape our feelings and responsibilities.
私たちは、友人や家族、キャリアなど、最も大切にしてきたものよりも、セックスや恋愛の強迫観念を選んだ。性的な思考、恋愛の空想、そして誘惑的な計画が私たちの心を埋め尽くし、思考を歪めてしまった。セックスは、自分の感情や責任から逃れるための手段となってしまった。
(Sex Addicts Anonymous, 3rd ed., p.4)
この文章は耳が痛い部分です。
私たちセックスアディクトも人間ですから、大切にしたい友人や家族、自分の仕事のキャリアなどがあります。それは「最も大切にしてきたもの」ですから、普通であれば決して壊さないように育んでいきたいものです。しかし、私たちはそんな人生で最も大切なものよりも、セックスや恋愛への強迫観念を選んでしまうのです。
もしも自分の性的な行動が明るみにでたり、違法な行為に及んでしまったら、友人や家族、パートナー、仕事上のキャリアを全て失ってしまいます。そんなことは誰に言われなくても、本人が一番よくわかっていることです。それでも、性的な思考やファンタジー、誘惑的なセックスの計画が私たちの頭を占領して、「今回だけなら大丈夫」「バレなきゃいいんだ」などと思考を歪め、行動化を正当化してしまいます。まさに「強迫観念(obsession)」です。
そして、最大のポイントは、私たちはセックスを「自分の感情や責任から逃れるための手段」として利用してきた、ということです。
前回の学びを組み合わせて考えるのなら、
「性的な行動化(アクティング・アウト)」= 一連のプロセスを通じて得られる「ハイ」= 自分の感情や責任から逃れるための手段
と考えることができます。
「セックス」は本来、神さまから与えられた素晴らしい本能ですが、私たちはその本能を「ハイ」を生み出し、自分の感情や責任から逃れるための手段として利用してきたのです。
私自身の行動を振り返ってみても、アディクションを使い始めた中学生頃から、自分の感情や責任から逃げ続けてきたように思います。そのため、身体は大人になっても、心は子供のまま成長できず、「逆コナン君」のような人間になってしまいました。
周りの友人たちは、順当に歳を重ねて社会や現実と向き合い、家庭や職場、地域社会に貢献して活躍しているのに、自分の精神年齢はいまだに中2くらいで止まっていて、わがままで恐れが強くて、嘘つきで、周りの人よりも自分の気持ちを優先してばかりいます。そして、そんな自分を隠すために、「自分はうまくいっている風」を装ったりするのです。
負の連鎖
そんな負の連鎖は続きます。
We made attempts to stop the behavior, but they failed. Much of our time was spent either being sexual, or managing crises and problems that arose because of our sexual behavior.
その行動をやめようと試みたが、失敗に終わった。時間の多くは、性行為に費やされるか、あるいは性行為によって生じた危機や問題に対処することに費やされた。(Sex Addicts Anonymous, 3rd ed., p.4)
もちろん私たちは何度も行動化を「やめよう」と試みます。時には、うまくいったように思える時があったとしても、最終的には必ず失敗に終わります。そして、多くの時間は行動化そのもの、あるいは行動化によって生じた問題の処理・隠蔽などに割かれます。
例えば、「妻に隠れて不倫をした男性が、シャワーに入って匂いをごまかす」というのは分かりやすい例です。この男は、妻という人生で最も大切にしたい女性を差し置いて、不倫で得られる「ハイ」を求めてリスクを冒し、多くの時間を無駄にし、隠蔽工作に明け暮れることになります。
そして、この誤った性的な選択は、「いつかバレるかもしれない」という恐怖や「なんてことをしてしまったんだ」という絶望を生み出します。いつか不倫が発覚して慰謝料を請求されるのではないかと怯えて夢にまで出てくるようになり不眠症になったり、「誰かに見られている」「監視されている気がする」と疑心暗鬼になってパニックを起こすかもしれません。
そして私たちは、さらに自己中心的になり、完璧主義的になり、自らの嘘を嘘で塗りつぶすような人生を送ることになります。はじめはほんの火遊びのつもりでも、大火事になってしまうようなものです。そして、やがてはひとりぼっちになり、アディクションをするためだけに生きているような人になっていきます。
アディクション独自の生命と計画
さらに続きです。
In our addiction, we lost control over our behavior; the disease had a life and an agenda of its own.
アディクションの中で、私たちは自分の行動に対するコントロールを失った。この病は、独自の生命と計画を持っていたのだ。
(Sex Addicts Anonymous, 3rd ed., p.4)
にわかに信じ難い文章ですが、実にしっくりきます。
ある仲間がSAAミーティングの中で、カマキリに寄生して成長したのちに、宿主のカマキリを入水自殺をさせて水中の生活に戻るハリガネムシという恐ろしい寄生虫がいることを教えてくれました。私はハリガネムシのことを知らなかったのですが、宿主に寄生して意のままに操るというのは、まさにセックスアディクションそのものだと思いました。
確かに私たちは、「自分が望んで行動化をしているのだ」と思いたいものです。あるいは、「もう少しセックスを楽しんでいたい」と考えることもあります。しかし、振り返ってみると、私たちには、そもそも選択肢などなかったことが分かります。行動化をする前には、「一回ぐらいなら平気だ」と自分に言い聞かせていたとしても、その「一回きり」で終わらせることはできませんでした。ひとたびお気に入りの行動を始めると、ほとんど自動操縦のような状態になり、行き着くところまで行かなければ止まることができませんでした。
この事実を認めることが、このプログラムの最初のステップなのですが、なかなか認めることは難しいです。自分はハリガネムシに寄生されたカマキリのようなものだと、自らすすんで認めたがる人などいるはずがありません。
私たちの多くは、お金さえ払えば地球上のどこへでも自由に行けるのですから。
まとめ
- 私たちは、大切な家族、友人、仕事よりも、セックスや恋愛への強迫観念を優先してしまった
- セックスは、自分の感情や責任から逃げるための手段になっていた
- やめようとしても、自分の力だけではやめ続けることができなかった
- 行動化によって生じた問題を隠したり、処理したりするために、多くの時間を失っていた
- アディクションの中で、私たちは自分の行動をコントロールする力を失っていた
- この無力さを認めることが、ステップ1の出発点である
ステップ1の話はまだまだ続きます。
ではまた次回。
SAA グリーンブック・スタディ・グループ

