グリーンブックのスタディ2|私たちのアディクション

 前回に引き続き、『グリーンブック』のスタディを行っていきます。今回は、「第1章:私たちのアディクション(OUR ADDICTION)」を扱います。この章は、たった7ページの短い章ですが、12のステップのうちの「ステップ1」に該当する非常に重要な章です。

SAAの「ステップ1」は、

We admitted we were powerless over addictive sexual behavior—that our lives had become unmanageable.
私たちは嗜癖的な性行動に対し無力であり、思い通りに生きていけなくなっていたことを認めた。(グリーンブック p.20)

です。

すでに「心の家路」の「12ステップのスタディ (29) 性のステップ1 (1) コンパルジョンとオブセッション」において、この章の冒頭部分の解説記事が日本語で書かれていますので、全く同じ内容を書いても面白みがありません。

なので、本記事では、当事者だからこそ書ける記事を書いてみようと思います。


私たちのアディクション

第1章の冒頭にはこうあります。

Sex addiction is a disease affecting the mind, body, and spirit. It is progressive, with the behavior and its consequences usually becoming more severe over time. We experience it as compulsion, which is an urge that is stronger than our will to resist, and as obsession, which is a mental preoccupation with sexual behavior and fantasies. In SAA, we have come to call our addictive sexual behavior acting out.
セックスアディクションは、精神・身体・スピリットに影響を及ぼす病気である。この病気は進行性であり、行動とその結果は通常、時間とともに深刻になっていく。私たちはこの病気を、抗おうとする意志よりも強い衝動である強迫的欲求(compulsion)と、精神が性的な行動や空想によって囚われてしまう強迫観念(obsession)として経験する。SAAでは、私たちの嗜癖的な性的行動を「行動化(acting out)」と呼んでいる。(グリーンブック p.3)

この文章は、SAAにおける「セックスアディクション」とは何かを簡潔に述べています。

セックスアディクションとは、
精神、身体、スピリットに影響を及ぼす病気である
進行性であり、行動と結果が時間とともに深刻化する
③抗おうとする意志の力よりも強い衝動である「強迫的欲求(コンパルジョン)」+精神が性的な行動や空想によってとらわれる「強迫観念(オブセッション)」の組み合わせ

そして、嗜癖的な性行動をしてしまうことを「行動化(アクティングアウト)」と呼びます。

精神の「強迫観念」とは何か

まずは、セックスアディクションの精神に影響を及ぼす「強迫観念(obsession)」について考えてみましょう。グリーンブックによると、強迫観念とは、「精神が性的な行動や空想によって囚われてしまうこと」であると定義しています。

例えば私の場合には、「もう二度と性的なことは考えないし、決してやらない」と、幾度となく誓ったことがあります。
そして、スマホのスクリーンタイムにロックをかけて、性的なサイトを見られないように自分でブロックをしたこともあります。
これで安心だと思ったのも束の間、その数日か数時間、あるいは数分後には、

「少しくらいなら観てもいいのではないか」
「みんな観ているのだから平気だ」
「そもそもマスターベーションをすることは普通のことだ」
「違法な行為さえしなければいいのだ」
「性的な楽しみがない人生なんて考えられない」
という考えが頭をもたげてきます。

その考えは、私の高邁な決意や、過去の苦しい経験や後悔といったものを、いとも簡単に押しのけて、私に性的な行動をさせる力を持っています。
そして、私はこの考えに騙されて、自分でかけたスクリーンタイムのロックを自ら解除して、性的なサイトを見はじめてしまうのです。
この「考え」こそが、普通の人には起こらない現象の1つ目「強迫観念(オブセッション)」です。

身体の「強迫的欲求」とは何か

「強迫観念」に騙されて、アダルトビデオを観始めた私は、こう考えます。

「お気に入りの動画を観たらきっぱりとやめにしよう」
「問題のある行動さえしなければいい。次こそはうまくやる」

そうして、最初のうちはいいのですが、ある段階から、「もっともっと」という異常なまでの衝動が湧いてきます。
この異常なまでの衝動は、どんな誓いや制約をも凌駕する圧倒的なパワーを持っています。

どんなにやめる必要があり、やめなければならない危険なことだと分かっていても、「もっともっと」と過激なものを求めてしまうのです。
この異常なまでの衝動は、私にアダルトビデオを何時間も閲覧させる強制力を持っています。

普通の人であれば、オーガズムに至れば満足するのかもしれませんが、私の場合には、何度やっても満足することはなく、何度も何度もくり返してしまいます。

性的なことに対する歯止めは効かず、完全にタガが外れた状態になり、内容もどんどん過激なものへと移っていきます。
そして、最終的にはファンタジーの世界の行為を、実際の行動に移してしまうのです。
この「異常なまでの衝動」こそが、普通の人には起こらない現象の2つ目「強迫的欲求(コンパルジョン)」です。

この一連の流れを病気に強制された私は、ひどい後悔と罪悪感、恥の感情に襲われます。
「どうしてまたやってしまったのだろう」と自分を責めます。

そして、「もう二度としない」と再び誓うのですが、再び強迫観念が頭をもたげてきて…ということが、永遠に繰り返されるのです。
まさに、板挟みの生き地獄のようなものです。

これこそが、「私たちは、セックスアディクションに対して無力である」ということです。
つまり、ステップ1を認める上では、この「強迫観念(オブセッション)」と「強迫的欲求(コンパルジョン)」の理解は必要不可欠です。

負けイベ

例えば、「ドラゴンクエスト」というゲームには、「負けイベント」というものが登場します。
負けイベントとは、ストーリー上の都合で、プレイヤー側が必ず敗北するように設計されたイベント(戦闘)のことを指します。 

私は子供ながらに、ドラクエ7の「ゼッペル」というボスキャラの負けイベントに、無理やり勝とうとして、パーティーのレベルを上げるために多くの時間を費やした経験があります。

結局のところ、負けイベントというのは、「負けることでしか先に進めない」という性質のものなので、多くの人はモヤモヤしながらも負けを受け入れるのですが、
セックスアディクションが負けイベント(無力)である、という現実が受け入れられない人たちというのは、非常に多いのです。


まとめ

今日は、セックスアディクションの特徴について、「第1章:私たちのアディクション」を学びました。

  • セックスアディクションは、精神・身体・スピリットに影響を及ぼす進行性の病気である。
  • この病気は、性的な行動や空想に精神が囚われる強迫観念(obsession)と、意志では止められない強迫的欲求(compulsion)の組み合わせとして現れる。
  • その結果として起こる嗜癖的な性行動を、SAAでは行動化(acting out)と呼ぶ。
  • 強迫観念によって「少しなら大丈夫」という考えに支配され、行動が始まってしまう。
  • いったん行動が始まると、身体の強迫的欲求によって「もっともっと」と求め続けてしまい、歯止めが効かなくなる。
  • 行動化の後には、罪悪感や恥、後悔が生まれ、「もう二度としない」と誓うが、再び同じサイクルが繰り返される。
  • この繰り返しこそが、私たちがアディクションに対して無力であることを示している。
  • その無力さを認めることが、12のステップの「ステップ1」を認めるための出発点である。

次回も、引き続き「第1章:私たちのアディクション」を学んでいきます。

SAA-JAPAN グリーンブック・スタディ・グループ